長岡市山古志地区

(およ)宝石(ほうせき)とも言われる錦鯉(にしきごい)

 「わたしたちの新潟県」25,37-38ページ

きれいですねー。

錦鯉は,池や川にいるふつうの黒っぽい鯉とまったく同じ魚なんです。それが,突然変異(とつぜんへん い )で,あるとき色のついた鯉が生まれたそうです。それが人気になり,しだいに品種改良(ひんしゅかいりょう)が重ねられ,今のような色とりどりのきれいな錦鯉となりました。

長岡市山古志(やま こ し )太田(おお た )小千谷(おぢや)東山(ひがしやま)川口(かわぐち)北部(ほく ぶ )は,山村として一つのまとまりのある地域(ちい き )で,かつて『二十村郷( に じゅうむらごう)(にじゅっそんごう)』と()ばれていました。

その村々には,山村のため棚田(たな だ )が多くあります。米づくりには水が必要(ひつよう)ですが,春先には雪どけ水がまだ(つめ)たいため,棚田の一番上の(だん)にため池をつくり,太陽の(ねつ)で水をあたためてから,下の田んぼに水を流していました。

その「ため池」利用( り よう)して,食用の鯉(そだ)てていたのが,山古志の養鯉(よう り )のはじまりだということです。それが突然変異で色鯉(いろごい)誕生(たんじょう)し,錦鯉へとつながったのです。

山古志は錦鯉の発祥(はっしょう)の地であり,錦鯉と棚田とは深いつながりがあったのです。

そういうことが分かった上で,もう一度錦鯉の画像( が ぞう)を見直してみましょう。きれいさが,いちだんと引き立って見えると思いますよ。