長岡市山古志(ながおかしやまこし)


6-7 泳(およ)ぐ宝石(ほうせき)とも言われる錦鯉(にしきごい)

 「わたしたちの新潟県」36,37ページ

きれいですねー。


錦鯉は,池や川にいるふつうの黒っぽい鯉とまったく同じ魚なんです。それが,突然変異(とつぜんへんい)で,あるとき色のついた鯉が生まれたそうです。それが人気になり,しだいに品種改良(ひんしゅかいりょう)が重ねられ,今のような色とりどりのきれいな錦鯉となりました。

長岡市山古志・太田(おおた),小千谷市東山(おぢやしひがしやま),川口町北部(かわぐちまちほくぶ)は,山村として一つのまとまりのある地域(ちいき)で,かつて『二十村郷(にじゅうむらごう・にじゅっそんごう)』と呼ばれていました。

その村々には,山村のため棚田(たなだ)が多くあります。米作りには水が必要ですが,春先には雪どけ水がまだ冷たいため,棚田の一番上の段にため池を作り,太陽の熱で水をあたためてから,下の田んぼに水を流していました。

その「ため池」を利用して,食用の鯉を育てていたのが,山古志の養鯉のはじまりだということです。それが突然変異で色鯉(いろごい)が誕生(たんじょう)し,錦鯉へとつながったのです。

山古志は錦鯉の発祥(はっしょう)の地であり,錦鯉と棚田とは深いつながりがあったのです。

そういうことが分かった上で,もう一度錦鯉の画像を見直してみましょう。きれいさが,いちだんと引き立って見えると思いますよ。