村の伝説 ―越後国魚沼郡大和町三用谷―


桑原亮川
A5判/280ページ/上製/美麗カバー付/定価 本体3,600円+税/送料290円
ISBN4-8221-0197-5 C0095


越後国魚沼郡大和町三用谷 村の伝説昭和の初め、児童の教育資料として、小学校の一教師の手で集められた大和町三用地区の伝説。子どもたちの健やかな成長を願って、今よみがえる。 桑原亮川は、童話や伝説は子どもたちの想像力を培い、豊かな情操を育むのに必要なものだと考え、この「村の伝説」を著しました。昨今報道される、心無い若者の犯罪は、人間として大切なものを忘れてしまった世代を育成したがために起きたもののような気がしてなりません。かつて三用谷にこのように多くの伝説があったことを知り、人間の喜びや悲しみを知り、人の幸せを一緒に喜び、人の不幸を一緒に悲しめることのできる心情を子どもたちが陶冶していってくれることを願うものであります。(「村の伝説」発刊実行委員長・塩野谷潔「発刊にあたり」より)

【内容】

山崎新田方面「浄源塚」「水無川」ほか、

山崎方面「山崎地蔵尊の由来」、大桑原地区「早乙女女岩」ほか、高田方面「木津の一本槍」「仙の巌」ほか、門前方面「蛇食みが渕」ほか、芋赤方面「義民仁右衛門」ほか、湯谷方面「困り山」ほか、雷土方方面「嬰児崖」ほか、雷土新田方面「道心屋敷」ほか。以上、伝説41編。
論文「伝説の教育的価値について」。ほかに「風雪治水図記」「義民碑」を掲載。


桑原亮川(くわばら りょうせん)
明治22年(1889)伊米ヶ崎村大字虫野(現在、小出町虫野)に生まれ、名を亮太郎といった。若くして上京して働き、20歳で徴兵され、村松町の歩兵第30連隊に入隊した。除隊後、教員検定試験に合格、大正4年から南魚沼郡の小学校で勤務した。そのかたわら伝説や童話の研究に取り組み、昭和3年に本書を完成した。また、俳句に傾倒しており、「春秋」「筑波」の2誌の同人に推された。戦後は魚沼俳壇の選者を務め、二畳庵日録をつづるなど執筆活動を続けた。昭和57年、87歳で没した。